大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所 平成4年(行ウ)36号 判決 1993年10月25日

原告

鈴木一誠

被告

新家茂夫

谷田美子生

中道康宏

中田三代司

脇田太喜男

山下好子

沖津純子

右被告ら訴訟代理人弁護士

酒井隆明

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一被告新家茂夫は、篠山町に対し、金三〇万二二〇〇円及びこれに対する平成四年八月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二被告新家茂夫を除くその余の被告らは、篠山町に対し、各自金五万三五四〇円を支払え。

第二事案の概要

本件は、篠山町の遺族会に篠山町が補助金を支出し、かつ右遺族会の靖国神社参拝旅行に篠山町職員を同行させ、右職員にその間も給与、旅費等を支給したのは、違憲、違法であるとして、篠山町民である原告が、篠山町に代位して、町長に対して支出した補助金の返還を求めるとともに、給料、旅費等を受領した職員に対してその返還を求めた住民訴訟である。

一争いのない事実

1  篠山町は、平成四年度、篠山町遺族会に対して補助金として二八万四六〇〇円を支出、交付した。

2  篠山町遺族会は、平成四年四月一三日から同月一五日までと、同月一四日から同月一六日までの二班に分けて、二泊三日の靖国神社参拝旅行を実施した。

右旅行に際し同遺族会が篠山町に対して同町職員の添乗を要請し、篠山町は、右要請に答えて同町健康福祉課課長被告谷田美子生、同課副課長被告中道康宏、同課職員被告中田三代司、篠山町多紀支所長被告脇田太喜男、保健婦被告山下好子、同被告沖津純子ら六名と篠山町城東支所職員清水鶴江、社会福祉協議会の森田弘幸の計八名を右旅行に添乗させた。

篠山町は、右のうち同町職員の添乗を公務として扱い、旅費として一名当たり四万三五四〇円を支出した。

3  原告は、平成四年四月二四日、篠山町の右補助金支出及び右遺族会が行った靖国神社参拝に関し同町職員らを公費で添乗させたことにつき、篠山町監査委員に対して監査請求を行ったが、同年七月一八日、同委員は、右支出はいずれも正当であるとの判定をした。

二争点

1  篠山町遺族会が、実体のある団体であるか。

2  篠山町遺族会は、宗教団体であり、これに対して地方公共団体である篠山町が補助金を支出することが憲法二〇条三項、八九条に違反するか。

3  右遺族会が行った靖国神社参拝に、篠山町が公費で職員を参加させ、旅費を支給したことが違憲、違法であり、被告らが右旅行に関し受領した給与及び旅費が不当利得となるか。

第三争点に対する判断

一争点1について

篠山町遺族会は、篠山町に居住する戦没者の遺族により組織され、その会員数は現在八五五名であること、同遺族会には規約が存し、戦没者の追悼とともに遺族の処遇改善、福祉向上や遺族相互の親睦を目的とし、右目的に従った事業を行う旨定めていること、同会の規約には会長を始めとする役員の選任に関する規定及び予算、会計に関する規定が置かれていること、実際に戦没者の慰霊、遺族会役員の研修会等の事業を行っており、予算、決算の報告も毎年行われていることが認められ、これらの事実によれば、同遺族会は、社会的にみて実体のある団体であることが認められる。(以上、<書証番号略>及び被告谷田美子生)。

二争点2について

1  篠山町遺族会に対して篠山町から補助金が交付されていることは前記のとおりであるから、篠山町遺族会の宗教団体性についてまず検討する。

憲法二〇条一項後段にいう「宗教団体」、同八九条にいう「宗教上の組織若しくは団体」とは、宗教と何らかのかかわり合いのある行為を行っている組織ないし団体のすべてを意味するものではなく、国家が当該組織ないし団体に対し、特権を付与したり、また、当該組織ないし団体の使用、便益若しくは維持のため、公金その他の公の財産を支出し又はその利用に供したりすることが、特定の宗教に対する援助、助長、促進又は圧迫、干渉等になると解されるものをいうのであり、換言すると、特定の宗教の信仰、礼拝又は普及等の宗教的活動を行うことを本来の目的とする組織ないし団体を指すものと解される。

2  これを本件についてみるに、篠山町遺族会規約(<書証番号略>)の第二条によると、同遺族会は、「英霊の顕彰と遺族相互の連絡を保ち、親睦をあつくし、友愛相互の精神により、明朗円満なる家庭を維持し、以って精神的結合の実を挙げることを目的とする。」ものとされ、右規約第三条では、右目的を達成するため「1 英霊の祭祀に関すること。2 遺族の連絡事項に関すること。3 遺族の援護及び生活向上に関すること。4 上部団体との連絡に関すること。5 その他の目的を達成するに必要な事項。」を行うものとされている。

そして、平成三年度篠山町遺族会収支決算書(<書証番号略>)及び平成四年度篠山町遺族会収支予算書(案)(<書証番号略>)によれば、篠山町遺族会は、同会で集めた会費とほぼ同額の金額を、同会の上部団体である多紀郡遺族会にそのまま郡会費として交付し、具体的な活動としては同遺族会の活動を中心としていることが認められる。

多紀郡遺族会は、その規約によれば、篠山町遺族会と概ね同一の目的を有する団体で、かつ、右目的を達成するための事業内容も同一であって、その主な目的の一つである「英霊の冥福」に関する事業として、戦没者の慰霊として各町で行われる追悼式への供物のお供え、八市三郡戦没者追悼式における遺族を代表しての参拝などのほか、仏教会の協力を得ての祥月法要の実施等の宗教的色彩を帯びた行事をも実施していることが認められる(以上、<書証番号略>)。

しかし、篠山町遺族会及び多紀郡遺族会のいずれも、戦没者の顕彰とその遺族の相互扶助・親睦を主な目的として設立され活動している団体であって、右行事への参加や実施等は、会本来の目的として、特定の宗教の信仰、礼拝又は普及等の宗教的活動を行うとするものではなく、それらは戦没者の追悼、遺族の処遇改善等の会の目的達成を図るための一環として、このような行為を行うことが会員の要望に沿うものとして行われているものである。

右の点からすれば、篠山町遺族会及びその上部団体である多紀郡遺族会は、いずれも特定の宗教の信仰、礼拝又は普及等の宗教的活動を行うことを本来の目的とする組織ないし団体には該当しないものというべきであって、憲法二〇条一項後段にいう「宗教団体」、同八九条にいう「宗教上の組織若しくは団体」に該当しないものと解することができる。

以上により、篠山町遺族会に対して篠山町が補助金を支出することは、憲法二〇条三項、八九条のいずれにも反しないというべきである。

三争点3について

1  憲法二〇条三項は、国及びその機関が宗教的活動を行うことを禁止しているが、同条にいう「宗教的活動」とは、政教分離原則の意義に照らしてみれば、およそ国及びその機関の活動で、宗教とのかかわり合いを持つすべての行為を指すものではなく、そのかかわり合いが、わが国の社会的、文化的諸条件に照らし、信教の自由の保障の確保という制度の根本目的との関係で相当とされる限度を超えるものと認められる場合に限られ、当該行為の目的が、宗教的意義を持ち、その効果が、宗教に対する援助、助長、促進又は圧迫、干渉等になるような行為をいうものと解すべきである。そして、ある行為が右にいう宗教的活動に該当するか否かを検討するに当たっては、当該行為の主宰者が宗教家であるかどうか、その順序作法(式次第)が宗教の定める方式に従ったものであるかどうかなど、当該行為の外形的側面のみにとらわれることなく、当該行為の行われる場所、当該行為に対する一般人の宗教的評価、当該行為者が当該行為を行うについての意図、目的及び宗教的意識の有無、程度、当該行為の一般人に与える効果、影響等、諸般の事情を考慮し、社会通念に従って、客観的に判断しなければならない。

この点、靖国神社は、宗教法人法に基づき、東京都知事の認証を受けて設立された宗教法人であって、神道の教義を広め、儀式行事を行い、また、信者を教化育成することを主たる目的とする神社であることは顕著な事実である。

そして、右のような性格を有する靖国神社に篠山町遺族会が行った参拝旅行に地方公共団体である篠山町の職員が、公務として同行したことについて、その目的、効果の両面から、憲法二〇条三項所定の宗教的活動に該当するか否かが検討されなければならない。

2  証拠(<書証番号略>、被告谷田美子生及び弁論の全趣旨)によれば、次の事実が認められる。

(1) 篠山町遺族会は、篠山町に居住する戦没者の遺族のみで構成され、構成員の大部分が高齢者である。

(2) 篠山町遺族会は、前記靖国神社参拝旅行を企画したが、参加者も多く(一班一九七名、二班一三一名)、その中には高齢者や身体障害者等が多数いることから旅行者の介護、介助等の必要性が特に高いことを主張して、篠山町に対し添乗員の参加を要請した。

(3) 篠山町は、それまでも老人会の旅行、身体障害者の族行等に職員を参加させていたことから、今回の旅行についても、遺族会主催の旅行ではあるが、参加人員のうち遺族会会員はおよそ三分の二で、その他の三分の一は一般町民であることも踏まえ、高齢者福祉の観点や地域の特殊性等から右遺族会の添乗要請を無視しえない状況にあった。

(4) 篠山町では、職員七名と社会福祉協議会から一名、計八名を右旅行に添乗員として参加させたが、その中で被告ら六名のうち五名は、福祉課職員や保健婦等の福祉、厚生等を担当する職員から選出した。

(5) 右旅行は、靖国神社参拝を主な目的としていたが、二泊三日の行程のうち、参拝は二日目の午前中のみであり、一日目は国会、皇居等の都内見学、二日目の午後と三日目は日光方面の観光となっていて、東京都内及び日光方面の観光も目的としていた。

(6) 篠山町が被告らに支出した出張旅費は、一泊二日分に限り、靖国神社に参拝した後の鬼怒川温泉での宿泊等は公務外として私費負担させた。

3 これらの事情を総合すると、篠山町としては高齢者も多く、かつ身体障害者も含まれる篠山町遺族会の旅行参加者の安全、福祉等を目的として、同遺族会からの依頼により、その目的を果たすために必要な限度で福祉、厚生等を担当する職員を添乗させたものであり、篠山町が職員を同行させたのは、あくまでも町民の厚生、福祉を主な目的としていたと認められるし、その効果としても、特定の宗教を援助、助長、促進し、又は他の宗教に圧迫、干渉を加えるものとは認められない。

したがって、篠山町が職員を同町遺族会の旅行に同行させた行為は、憲法二〇条三項により禁止される宗教的活動には当たらないと解するのが相当である。

第四結論

よって、原告の本訴各請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官辻忠雄 裁判官吉野孝義 裁判官影浦直人)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例